元全米女王ゴールド、笑顔で2季ぶり復帰戦へ― 「自分の家に帰ってきたみたい」

THE ANSWER によると。

健康問題を乗り越え復帰のゴールドがオリンピックチャンネルに意気込み語る
 フィギュアスケートのグランプリ(GP)シリーズ第5戦のロステレコム杯(ロシア・モスクワ)が16日、開幕する。女子シングルで2季ぶりに表舞台に帰ってくるのが、ソチ五輪の団体銅メダリストで2度全米女王に輝いているグレイシー・ゴールドだ。精神面の健康問題を乗り越えて復活の舞台に立つ23歳は今何を思うのか――。IOCが運営する五輪専門サイト「オリンピックチャンネル」がインタビューを掲載している。

 ゴールドは14年ソチ五輪の団体でアメリカの銅メダル獲得に貢献。14年、16年の全米選手権で優勝を果たし、16年の世界選手権でも4位に入った実力選手だ。しかし、2017-18シーズンはうつ病、不安症、摂食障害の治療のため全休。平昌五輪の出場を断念していた。

 大会参戦は2017年1月の全米選手権(6位)以来。オリンピックチャンネルは「フィギュアスケーター、グレイシー・ゴールドがナーバスな帰還 うつ状態を経て大会へ」と見出しをつけ、ゴールドのインタビューを掲載している。

「グレイシー・ゴールドが精神の健康問題からの休養を経て、笑顔で復帰戦に挑む。オリンピックの銅メダリストは不安障害、摂食障害でキャリアを滞らせていた」とつづり、これまでのキャリアを振り返っている。
GPシリーズへの出場は2年ぶり「30%くらいの状態だけど、ベストを尽くしたい」
「GPシリーズに戻れるなんて驚くべきことだわ。自分の家に帰ってきたような感覚。ここまでの道のりは簡単ではなかった。私は小さい大会にしか出られないだろうと思っていた。本当に興奮しているし、次の4年間が楽しみだわ」

 ゴールドは復帰にあたり、こう口にしている。GPシリーズへの出場は16年11月のフランス杯以来。当時は浅田真央(9位)を一つ上回る8位だった。

「今の私は100%の状態でなくても、ベストを尽くしたい。おそらく30%から40%くらいの状態だと思うけど、次のオリンピックに向けて調子を上げていきたい」

 4年後の北京五輪への意気込みも口にしている。人気と実力を兼ね備えたスケーターが、どんな演技を見せてくれるのか。女王アリーナ・ザギトワ(ロシア)、15歳の新星・山下真瑚(中京大中京高)と共に大きな注目を集めそうだ。

宮原知子、紀平梨花Vに「悔しい気持ちがあるけど…刺激受けた」

デイリースポーツ によると。

 女子フリーが行われ、ショートプログラム(SP)2位の宮原知子(20)=関大=がフリーで143・39点、合計219・47点で2位となった。SP5位の紀平梨花(関大KFSC)は154・72点、合計224・31点で、男女通じて日本初となるGPデビュー戦での優勝を果たした。

 女子のエースを見えない呪縛が襲った。すべてのジャンプで持ち前の安定感を見せた宮原。最終滑走の演技後は大喝采を浴びたが、ジャッジからは不明瞭な踏みきりと回転不足を2つずつ判定された。「フリーは緊張が出てしまった。いろんな原因がある。最終滑走だとか、SPでよかったこととか、(優勝した)スケートアメリカみたいにと」と言い、会場への移動のバスの中ですでに「緊張していた」と振り返った。トリプルアクセル2本を決めた同門の紀平の得点は知らなかったが、演技前には独特の空気が会場を支配していた。

 後輩に逆転を許し「悔しい気持ちがあるけど、自分も頑張らないといけないと刺激を受けた」と闘志に火をつけた宮原。ともに練習しながら「普段から、もっともっと頑張らないとという気持ちを忘れないようにしている」とライバル心は持ち続けている。

 ミスはあっても出来栄え点や演技構成点の高さで貫禄の2位。「緊張があっても、この演技ができたことを自信につなげたい」と力を込めた。昨季は故障の影響で補欠からの繰り上げ出場だったGPファイナルへ、4年連続出場も決めた。「せっかく自分でつかんだファイナル。思い切って演技できるように、今日の課題を見直して頑張りたい」と誓った。

演技者引退の“氷上の哲学者”町田樹氏が映画に字幕監修&学術協力参加

デイリースポーツ によると。

 フィギュアスケートのソチ五輪代表で、10月にプロスケーターを引退した町田樹氏(28)が2019年初夏に公開される予定の映画「氷上の王、ジョン・カリー」の字幕監修と学術協力として参加することが6日、分かった。

 同映画は「スケート界のヌレエフ」と評され、アイススケートをメジャースポーツ、さらに芸術の領域にまで押し上げたとされる英国の金メダリスト、ジョン・カリーのドキュメンタリー。

 町田氏は「ジョン・カリーは、ともすれば『男が華やかに踊るなんてみっともない』と揶揄されるような時代に、芸術としてのフィギュアスケートをその生涯をもって追求し続けた孤高のスケーターである。この映画では、貴重な映像資料や身近にいた者の生の証言によって、様々な困難に抗いながらもアーティストとして生き抜いたカリーの人生を、彼が紡いできた珠玉の作品群と共に色鮮やかに甦えらせていく。だが一方で、私はその華やかな舞台の裏で彼が一人抱えていた葛藤を目の当たりにした時、このスポーツを取り巻く諸問題が、未だ根本的に解決されていないことに愕然とするのである。私たちは、今もなお多くのスケーターがカリーと同じような芸術上の葛藤を抱えて氷上に立っていることを、決して忘れてはいけない」と、独特の“町田節”溢れるコメントを寄せた。

 2015年に競技者を引退した町田氏は、その後、プロスケーターとして、独特のプログラムを発表し続けていたが、今年4月から慶大と法大で非常勤講師として務めはじめ、博士号取得も目指していく中で「夢は大学教員。この辺でキャリアを大学院1本に絞って頑張っていこうと思った」と、演技者としての引退を発表。研究者を目指す中でフィギュアスケートには携わっていく意向で「サヨナラは言いません。パフォーマーとしては完全に引退しますが、今後は研究者として何らかの形で必ずフィギュアスケートに貢献していく」と、誓っていた。

羽生結弦がルール改正後の世界最高得点となる合計297.12点で優勝

VICTORY によると。

平昌五輪男女金メダリストの羽生結弦とアリーナ・ザギトワが出場し、26年ぶりとなる現役五輪金メダリストの揃い踏みとなったヘルシンキ大会には、日本から羽生の他、田中刑事、坂本花織、白岩優奈、本郷理華、須崎海羽、木原龍一組が出場した。2003年からグランプリシリーズを開催してきた中国の開催辞退により、急遽開催地となったヘルシンキへは日本から直行便が運航されファンにとっては比較的行きやすいヨーロッパの都市のひとつである。ヘルシンキといえば2017年3月にハートウォールアリーナで実施された世界選手権が記憶に新しいが、今回は収容人数8200名、オリンンピックスタジアムにほど近いHelsinki Ice Hallで開催された。

羽生結弦、世界初となる4T+3Aを着氷、ルール改正後の世界最高得点でシニアグランプリ初戦初勝利
グランプリシリーズ第3戦のヘルシンキ大会で注目されるのは何といっても、羽生が9月のオータム・クラシックからどこまで調子を上げてきたかである。また、決まれば世界初となる4回転トーループ ー トリプルアクセルの連続技の成否にも注目が集まった。
本大会に向けより高い得点が出る構成に変更したショートでは、後半のジャンプでやや着氷が乱れた他は、ほぼパーフェクトな演技でルール改正後の世界最高得点となる106.69点を叩き出した。

フリーでは4回転ジャンプで回転不足を取られたものの、世界初となる4回転トーループ-トリプルアクセルを含めすべてのジャンプを着氷し、190・43点、合計297・12点、2位に圧倒的な差をつけて優勝した。
なお2位にはチェコのミハル・ブレジナ、3位に羽生と同じクリケット・クラブに籍をおくチャ・ジュンファンが入った。カナダ大会に続いて表彰台に上った成長著しいチャだが、羽生とは公式練習中も和気あいあいとした雰囲気を醸し出していた。リンクサイドに戻ったチャが羽生の横で、彼のエレガントな挨拶の所作を真似ると羽生が手本を示すような一幕もあった。

プログラムはよい仕上がりになっておりそれを試合で出すのが目標だったという田中刑事は、ジャンプのミスが響き7位となったショートの後で「1本目の4回転の失敗で動きが硬くなり、引きずらないようにするので精一杯だった」と話した。また「ジャンプが抜けると何も残らない、転倒よりも痛い」とコメントしたが、翌日のフリーでもその悪いパターンを繰り返すこととなった。冒頭の4回転サルコーを含め得点源となるジャンプでミス、得点を伸ばすことができず9位、総合では8位だった。この結果について「ジャンプが全然プログラムにはまっていなかった。調子うんぬんじゃない。練習でできていることを本番で出す力が足りない」と自分自身に言い聞かせるように語った。

本郷理華「今のままでは」…カナダを拠点に様々な思いを胸に新たな一歩を踏み出した。

朝日新聞デジタル によると。

 2日に始まるフィギュアスケートのグランプリ(GP)シリーズ第3戦、フィンランド大会(ヘルシンキ)の女子に、本郷理華(中京大)が挑む。この秋、小学生の頃から10年以上拠点にしてきた名古屋市を離れる決断をした。新たな本拠は、カナダ・バンクーバー。平昌(ピョンチャン)五輪への切符を逃した実力者が、様々な思いを胸に新たな一歩を踏み出した。

 仙台市出身の22歳。5歳でスケートを始めたが、拠点としていた仙台のリンクが経営難のために2004年に閉鎖。名古屋に拠点を移した長久保裕コーチを追って、06年に親元を離れた。故郷を離れる前夜は母に添い寝し、涙をこらえたという。その後、14年11月のロシア杯でGP2戦目にして初優勝し、世界選手権には3度出場。名古屋で実績を積み上げてきた。

 だが、開幕前日の1日、公式練習を終えた本郷がこう語り出した。「夏にも一度、バンクーバーで練習を1カ月弱したことがあって。充実した練習ができたんです。だから、また行きたいと思っていて」

 昨年12月の全日本選手権はフリーでのジャンプのミスが響いて6位で五輪切符を逃した。「全日本のような演技はもうしたくない」。再スタートを誓った。

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