「フィギュアの話題」カテゴリーアーカイブ

高橋大輔、来季フリーも「ペール・グリーン・ゴースツ」 SP曲は変更へ

スポニチアネックス によると。

 フィギュアスケート男子で10年バンクーバー五輪銅メダリストの高橋大輔(33=関大KFSC)が17日、自身がトータルコーディネーターを務めるマンション「スカイコート・ディベルデ・浅草」の物件内覧取材を行った。

 アイスショーやマンションコーディネートなどで表現の幅を広げながら、来季も現役続行を続ける高橋。現役復帰した今季は全日本選手権2位に入った。「来季は全く進んでないですけど、海外試合はあまり出ないんじゃないかな」と主戦場は国内となる見通しだ。プログラムについては「フリーは“もう一回見たい”“完成形が見たい”とおっしゃってくれている方が多い。時間の問題もありますし、フリーの変更はせず、変更するならショートになるかな」と構想を明かした。

 坂本龍一氏が作曲したSP曲「シェルタリング・スカイ」は変更する方向で、ジョン・グラントが作詞、作曲したフリー曲「ペール・グリーン・ゴースツ」は継続となる。

宇野昌磨、夢の5回転ジャンプ挑戦に意欲「成長していかないと。練習はしていきます」

デイリースポーツ によると。

 男子フリーが行われ、SP3位の宇野昌磨(21)=トヨタ自動車=はフリーでも189・46点で3位。総得点は282・24点だった。SP1位の世界王者、ネーサン・チェン(19)=米国=はフリーでも199・49点をマークし1位だった。総得点は301・44点だった。SP2位の、世界選手権銅メダリスト・ビンセント・ゾウ(米国)がフリー198・50点をマークし、2位。総得点は299・01点だった。

 宇野は超攻撃的構成に挑んだ。冒頭の4回転フリップ-3回転トーループを着氷させると、続く4回転フリップも着氷させ、勢いにのった。フリー「月光」にのり後半にはこれまで成功例のなかったトリプルアクセル-4回転トーループの連続ジャンプに挑戦したが、後半の4回転トーループで転倒。演技を終えると、舌を出して悔しさを見せた一方で、充実感も漂わせた。

 4位に終わり「自分自身にがっかりした」と話した3月の世界選手権から、「来季のスタート」と位置付けた今大会。再び世界の頂点を争うために、1つステップを踏んだ。

 来季に向けて、さらなる進化を誓った。ルール変更のあった今季は、あえて新たなジャンプなどの習得は避けてきていた。「僕は今季、跳べるはずのジャンプをいくつも練習せず、1年を過ごした。ルールが変わったのも、もちろんあった」。ただ、世界選手権でチェンと羽生が異次元のハイスコア勝負を繰り広げ、3位のゾウも4回転ルッツという大技を含めた技術点の面で大きな飛躍を遂げている。「男子の成長はとてつもなく早い。自分もまだ成長できる年齢だからこそ、成長していかないといけないと、強く思った」と、明かした。

 そして、五輪王者の羽生結弦が習得に意欲をみせているクワッドアクセル(4回転半ジャンプ)と同じく、まだ誰も成功していない未知のジャンプ、5回転ジャンプ挑戦に意欲を見せた。「ケガをするから4回転以上のジャンプをやらないと言ってきたけど、ルッツもそれ以上のジャンプも視野にいれて練習していきたい。4回転半は僕にはあまり向いていないのかなと正直思う」とした上で、5回転について問われ「ルール的にあるか知らないですけど、トーループが回りすぎるので、トーループをちょこっとだけ練習していこうかなと思いました。練習するっていうのはいくら公言しても、本番ではやりませんって言えばいいので。練習はしていきます」と、未来を見据えた。

紀平梨花、世界記録更新「83.97点」の衝撃に海外ファンも驚愕「ワオワオワオワオ」

THE ANSWER によると。

 フィギュアスケートの国別対抗戦が11日、マリンメッセ福岡で開幕。注目の女子ショートプログラム(SP)ではグランプリ(GP)ファイナル女王の紀平梨花(関大KFSC)がSP史上最高得点の83.97点を叩き出し、首位スタートを飾った。海外のフィギュアファンは圧巻の国際大会におけるSP史上最高得点に「リカ・キヒラがやってのけた」「これはアメージング!!!」と称賛している。

 平成と別れを告げる今季フィギュア最終戦でも天才少女が輝いた。冒頭のトリプルアクセルを美しく成功させると、続く3回転フリップ―3回転トウループの連続ジャンプ、後半の3回転ルッツも綺麗に着氷。完璧な演技後には笑顔でガッツポーズも出た。

 そして、16歳の少女は自ら保持していた女子のSP最高記録82.51点を見事に更新した。キス・アンド・クライで83.97点の数字を見届けると、満面の笑顔で手を叩いて喜んだ。

 今季トップスケーターに急成長した紀平のワールドレコードに、海外のフィギュアファンもツイッター上で反応している。

「83.97だって? 女子SP最高得点だって? リカ・キヒラにはまさに相応しい!」
「ワオ、ワオ、ワオ、ワオ、ワオ、これは世界新記録なのか? リカ・キヒラに相応しい」
「リカ・キヒラ!!!!!!!!!! これはアメージングだ」
「国際大会における女子SP最高得点 リカ・キヒラがやってのけた」
「リカ・キヒラが自らの世界記録を破った」
「世界記録保持者、リカ・キヒラ」

 世界選手権は4位で今季初めて国際大会では優勝を逃した。シニアデビューイヤーの締めくくりとなる今大会で紀平が圧巻の舞いを披露した。

浅田真央、ソチ五輪「涙」のフリー語る「悲しさはスケート人生で一番大きかった」

スポーツ報知 によると。

 フィギュアスケート元世界女王の浅田真央さん(28)が27日放送のフジテレビ系「コレ知らんかった~!新発見!村上信五の平成スポーツ命場面SP」(後7時)に出演し、2014年2月に行われたソチ五輪で合計198・22点で6位となった演技を振り返った。

 金メダルの期待を背負っていた浅田さんはショートプログラム(SP)でジャンプの失敗などで、まさかの16位(55・51)と出遅れてしまう。「ショートの順位がフィギュアスケート人生の中で一番低い順位だったんです。しかもオリンピックで。金メダルを目指してやってきた中での結果だったので、その時点で自分のメダルはもうないなって。悔しさだったり、悲しさというのはスケート人生の中で一番大きかったですね」と振り返った。

 その後、姉のタレント・浅田舞(30)から電話があり「楽しんでやりなよ」と激励を受けたが、「楽しんでやれるわけないじゃん!ってちょっとケンカをしたんです」と話した。それでも「それを逆に舞にぶつけられたのが、私の中で吹っ切れたじゃないけど、強い自分に戻れたかなって感じもありました。会場に入るところで、やるしかないんだって思えたのが一番大きかった」と気持ちを切り替えられたという。

 SPの演技前には「オリンピックって独特の応援とかありませんか? 私はそれを感じてしまって、ショートの時にオリンピックの空気に飲まれてしまった」と浅田さん。フリーの演技前には「オリンピックじゃないと思おうと思って。失敗しても何しても、後悔しないように思い切って行こうと思いました」と明かした。

 フリーでは最初のトリプルアクセルを見事に着氷させ「ホッとしましたね。跳べたときは行けると思った」と話し、その後も「オリンピックって感じはしなかった。気持ちいいって思えた」という。

 演技を終え、目には涙を浮かべていたが「ホッとして。とりあえず終わった、でも悔しい。いろんな思いですね。一つの思いだけではなくて。でも、泣いてたらダメだなと思って、途中からは皆さんにありがとうございましたって感じで挨拶しました」と理由を語った。

 得点は142・71点の自己ベストをマーク。しかし「あまり得点のことは覚えてなくて。この得点が自己ベストというのも全然知らなくて。あんまり数字得意じゃないので」と明かした。

 「メダルを目指してたので、それが取れなかった悔しさだったり、情けなさだったりあったんですけど、終わってみてたくさんの方が『良かったよ』って言ってくださったのが、メダルを取れなくても、演技として残せたことは良かった」とまとめた。

村上佳菜子「しょっちゅうケンカしていた」少女時代を告白 恩師の言葉で変化が…

スポニチアネックス によると。

 プロフィギュアスケーターでタレントの村上佳菜子(24)が24日放送のフジテレビ「ジャンクSPORTS」(日曜後9・00)に出演し、人生を変えた恩師の言葉について語った。

 2014年のソチ五輪に日本代表で出場した村上は引退後、タレントに転身、人懐っこい「佳菜子スマイル」でブレークし、いまやレギュラー番組4本を抱える売れっ子となった。

 だが、少女時代の村上は「性格の悪い子供だった」(本人)といい、同い年のスケート選手、細田采花さんも「何でケンカしてんの? しょっちゅうケンカしているイメージだった」と振り返る。

 村上は3歳でスケートを始め、伊藤みどりさんや浅田真央さんら名選手を育てた山田満知子コーチのもと練習に励んだ。ライバルが多くいる中、精一杯、コーチの気を引こうと、「普段は体力を温存し、コーチがこっちを見ているときだけ、ジャンプを決め、佳菜子、いいじゃんと言われようとした」というが、成績は伸び悩んだ。

 そんな村上に、ある日、山田コーチが「佳菜子、スケート楽しい?」と声をかけてきた。

 「ライバル心が強く、他人が失敗するとうれしい」と思ってしまうような村上に向かって、山田コーチはこう諭した。

 「愛されるスケーターになりなさい」―。

 村上はこの一言を聞いて「鳥肌が立った。それまでは自分さえよければ…と一位だけ目指していた。それが、観ている人の心に残るような演技をしようと変わった」という。

 その後、2010年世界ジュニアで優勝、さらにソチ五輪出場へ。村上は「山田コーチの母のような教育があったから」と感謝している。